幽霊たちーポール・オースターの世界

小説

この小説の出だし

ポール・オースターは、いつの間にか、日本ではメジャーな小説家になったのかもしれない。私が一番最初に読んだのが、この「幽霊たちーGHOSTS」だ。ポール・オースターのいわゆるニューヨーク三部作の1つの中編小説である。極めて、不思議な小説と言えるだろう。なんなんだろう。この不思議な感覚は。何て言ったら、良いのだろう。その小説は、こんな感じで始まる。

まずはじめにブルーがいる。次にホワイトがいて、それからブラックがいて、そもそものはじまりの前にはブラウンがいる。ブラウンがブルーに仕事を教え、こつを伝授し、ブラウンが年老いたとき、ブルーが後を継いだのだ。物語はニューヨーク、時代は現代、この二点は最後まで変わらない。ブルーは毎日事務所へ行き、デスクの前に座って、何かが起きるのを待つ。長い間何も起こらない。やがて、ホワイトという名の男がドアを開けて入ってくる。物語はそのようにしてじはじまる。

何て言ったら良いのだろうか。今まで色々な小説があったが、この出だしは極めて、完結簡素で、登場人物の名前までもが、記号のように簡略化されている。ある意味、こんな出だしの小説があるんだという感じで、自分としては、結構、感銘を逆に受けたのである。何だ、これ、と。

ポール・オースター『幽霊たち』/オースターを出すのに一冊が選べない。よく印象が同じと言われるが、中毒性があると言ったほうがしっくりくる。村上春樹がこの人の文体を読んできっとジャズが好きに違いない、と思い本人に会いに行って聞いたらやっぱりそうだった、なんてエピソードはちょっとだけ鼻につきますが(笑)、サブカルがまだサブカルであった世代、オースターは一度は通る道でありました。NY三部作は街の描写も含め好きです。

探偵の魅力

ブルーは探偵なのである。多分、30歳台の。そして、ブラックは、調査対象者なのである。なんという、魅力的な設定なのだ。探偵関係の映画・小説・漫画好きの俺には、この上ない作品なのだ。しかも、探偵調査そのものに焦点を当てて、加えて、ポール・オースターの手により、余分なものは排除され、ソフィスティケートに簡略され、研ぎ澄まされた文章になっている。ナカナカ、こんな風に、小説を書くことは出来そうで出来ないのである。素晴らし過ぎる。

依頼人ホワイトが借りてくれたブルックリンにあるアパートの3階のこじんまりしたアパートで、ブルーは、オレンジ通りを挟んだ対面のアパートにいるブラックをただただ観察するのだ。ブルーは魅力のない依頼仕事と言うが、俺にしてもたら、こんな楽しい仕事はないと思う。だって、楽しいじゃないか。何も知らない人を真っ新な状態から知っていくなんて行為。そう思わないかい?

ブラックは机でノートに書きものをしている。本を読む。外に出て、買い物をする。ブラックの日常が少しづつ、ブルーの中に貯められていくのだ。そう、探偵とは、調査対象者の情報を増やしていく仕事であるのだ。イイね。

ブルーの変化

何も変わらない普通の日常を送っているようにみえるブラックを見張るブルー。しかし、このように、何もない男を一日中毎日見張るという行為を続けることがブルーの精神を変えていく。ブルーはブラックの調査に関して、色々なことを想像する。未来のミセス・ブルーについても、考えてしまう。そうなのだ。誰も話す相手もなく、独りで見張り調査を続ける男は、こんな感じで、色々なことを夢想するのだ。

このあたりの心理状態をポール・オースターはかなり上手に表現できている。一人でいる人間の心の中を表現することで、ブルーの生い立ちやブルーの性格も含めて、こんな単純な一人の男が一人の男を観察するという設定なのに、色々なことが装飾されていく。面白い書き方だ。上手い。

人は独りでいると、何かを考える。そして、それは、集中すべき1つのことだけではなく、それに派生することが色々と頭の中に想起する。それは、神秘な脳の凄さであり、とめどとなく、同時並行に人は、物事を浮かべてしまうのだ。それが、普通の人間なのだ。変化のない日常がブルーとブラックの間に続けば続くほど、ブルーの心の中は不安になっていくのだ。

心理学的に、面白いよね。このあたり。自分でなっとくしてしまうところ。

ブルーとブラックの調和と不調和

ブルーはブラックを毎日毎日追い続けることで、いつの間にか、ブルーの歩調がブラックの歩調と調和していくようになる。自分がブラックを身近に感じれば感じるほど、ブルーはブラックのことを考えなくなってしまうことを知る。そうなのだ。これは人間の本質を突いている話だ。ブラックが自分から離れてしまうことで、ブルーは再度ブラックを知ろうとすることになる。そう、ここにこそ、人間心理の妙が隠されているのだ。うーん、勉強になるな。

ブルーがブラックと調和しているとしたら、そこに変化はない。二人の間の不調和こそが、ブルーの存在価値を高めるのだ。そこで、ブルーは奇抜な行動に出るのだ。ブラックに接触しようとするのだ。

この小説の面白さは、単純な構図の中にある主人公ブルーの心理を追うことで、自分や人間の心理の原型を知るところにあると言っても良いだろう。

書くという作業

ポール・オースターのこの奇妙なミステリー作品は、突きつめていけば、自分を知るという人間の根源的な古来からある質問に答えを出そうとしているものだろうか?人との関係において、自分を知っていくと作業が続いた作品なのだろうか?今、この記事を書いている私は何なのか?

そうなのである。自分がこんな記事を書いていることは自分に書くべき何かがあるから書くのだが、果たして、それは、自分のモノなのだろうか?自分が書くことによって、自分は逆に、そこから遠ざかってしまい、自分を見失うことになりはしないかという感覚に捕らわれてしまう。そんなことを言いたいのかなとも思ってしまった面白い作品でありました。

人間心理の勉強になる作品です。推しであります。絶対的に。

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