ぼくが猫語を話せるわけ:庄司薫について考える③

エッセイ

エッセイで閑話休題

庄司薫の青春薫ちゃんシリーズの4部作のうち、既に記事を書いたのは、『赤頭巾ちゃん気をつけて』『白鳥の歌なんか聞えない』の2つです。書いていないのは、『さよなら怪傑黒頭巾』『僕の大好きな青髭』の2つ。庄司薫の小説は、色で区分されており、主人公薫ちゃんの人生の流れからいくと、後は、「黒」・「青」の順番になります。

本来なら、そのまま次の色に行きたいところだったのですが、どうも、気になるエッセイがあり久しぶりに読み返したら、これがとても面白いのである。あの何とも言えない、しかし、活気に満ち溢れていた行動成長期の昭和の時代にあっても、全く今ほどのペットに対する本は何故か余り出ていなかったのである。

そう、庄司薫のエッセイである『ぼくが猫語を話せるわけ』でゆっくりしたいなとも思ったわけである。そう、閑話休題なのであった。

庄司薫という学園紛争の後昭和時代の寵児になった作家は、寡作であった。何故、青春色4部作以降小説の筆を折ったかは謎になっている。村上春樹などの若手に心理的に押えられたのか、書くことがなくなったのか、はたまた、株投の資産運用ビジネスに走ったのか、裕福過ぎたからなのか、人生の意味について気付いてしまったからなのか、不明だ。

だが、このエッセイを読むと、心が温かくなり、まあ、そんなこと、どうでも良いことであったような気がしてくるのでもある。庄司薫自身が当時そういう気持ちでいたのではないかなと。とても、猫的に生きることの意味を哲学的にも知ってしまったのではないかなと、ふと思うのであった。ム、ム、ム。

そして、俺自身も、まだ、学生だった頃、実家にいた頃のことを思い出してしまうのであった。このエッセイを通じて。まずは、俺の家の猫のことを話をしてしまおう。

俺の想い出の猫

むかしむかし、俺の家にも、猫がいたのだ。当たり前だが。う?当たり前でもないか。兎に角、昭和の時代は、それなりに、それぞれの家に飼い犬がいたりして、スピッツなどが、必要以上にキャンキャン鳴いていたりしたのである。

母が動物が好きであるということもあって、俺の家には、結構、動物がいた。文鳥はいつも家の中を舞っていたし、家の外には雑種の番犬には全く役に立たないチビという犬がいた。この名前も、何故か、庄司薫のこのエッセイの中で友達の秋田犬でチビという名だったな。家の中には、マルチーズのリリ―がいた。俺が中学校に入った頃に、俺の家に、待望の猫が来たのであった。猫の種類は、チンチラである。まあ、ペルシャ猫系でもある。庄司薫の猫のタンクローもペルシャ猫なのである。何故か、符号してしまうのだ。

この猫君はコロという名を付けたのだが、まことにもって、泰然自若としていたね。悠々としていて、滅多に鳴き声はあげなかった。王様の風格があった。同じ白系のマルチーズのリリ―が先に家にいた姉さんとしてチョッカイを出しても、基本的に無視をしていた。あまりにしつこい時は、爪を伸ばして、ひと搔きでリリーを退散させた。これが、血統種の凄さかとも思ったが、やはり、野生の血、ゴキブリが出現したりしたら、その狩りの姿は凄かった。狙いを定めて、じっとゴキブリを注視するコロに、ゴキブリは竦んだまま動けず、間合いを詰めて、これも、ひと搔きで倒してしまう。野生の証明だ。そして、夏になると、縁の下の暗いところに隠れた。人知れずに。決して、人に甘えなかったのである。餌をやる母には、その時だけ、母の足に体を2・3回だけ摺り寄せてきたが。孤高の猫コロ、であった。自分の思うとおりに生きていく、のであった。周りに関係なく。媚びないのである。確かに、それまで猫と一緒に生活したことのなかった俺には、結構、そのスタンスのインパクトが強かったな。

父は良く言っていた。猫は素晴らしいな。犬ではなく、猫で生きていくことがどれほど素晴らしいことか。俺は猫のように生きている。どうだ、素敵だろうと。確かに、サラリーマンではない父は、上司や組織に飼われてはいなかったが、猫のように泰然自若に生きていたかというと、かなり疑問である。それなりのしがらみがあって、精神的にも大変な時もあったろう。仙人のように、周りに関係なく生きていくことが出来れば良いが。そうはいかない。この猫コロを連れてきた張本人の父がコロに託したのは、そんな自分の想いであったろうな。猫の我関せずのスタンスは、時として、心を安心させくれるのだ。

唯我独尊の猫。それは、猫語が話せる庄司薫にしても、猫とは、その存在の大きさを感じざるを得ない不思議さの宇宙なのである。この猫と生きることの素晴らしさは、猫と一緒に生活しなくては判らないことだろうね。多分。

このカスタマレビューが凄いわけ

『ぼくが猫語を話せるわけ』。軽妙洒脱な軽いタッチの文章であることは小説と同じなのだが、庄司薫の実生活の事実に向き合っているので、何故か、心温まるのである。

このエッセイ集の中身。読んでみるしかないと思うけど。まあ、一言で言えば、中村紘子から預かった猫タンクローに庄司薫が対等か対等以下で語りかけ友情を深めていく昭和の時代に余りなかったペットネコものエッセイなのである。結果、犬派の庄司薫が猫にメロメロになってく様が描かれていているのだ。その様子は、何度も言うが、とても面白いし心温まる作品。

そして、そんなこのエッセイを言い表すには、次のカスタマレビューが、イイね!!と感じている次第です。ネコ好きでも猫好きでもなくても、一読して損はない、今や隠れた猫と人間のためのエッセイだね。

偶然、猫関連の物語の検索をしていて、30年くらい前に読んだこの本に行き当たった。まだ手元にあるかどうかも分からないのだが、私が学生だったころに新書で買ったのだから、多分この版だったと思う。誰かに読んで欲しくて、30年前の記憶をもとにレビューを書くことにする。
庄司薫は芥川賞受賞者でもあり、当時まだ芥川賞受賞作家といえば、硬派で、文章がむつかしい(直木賞作家とくらべて)という印象が強かった。そんな芥川賞作家の家に「借りてきた猫」としてやってきた洋行帰りのシャム猫さんと、作家との間の心の交流の物語。そもそも外国産のシャム猫が当時もっていた高級猫のイメージとは真逆で、この猫さんは、親にも飼い主にも捨てられ、かなり暴力も振るわれた経歴のある、心に傷を負った野良さんだったのを、作家である庄司薫氏の音楽仲間であり、後に婚約者となる予定のプロのピアニスト、中村紘子氏が講演先で拾い、そのまま日本につれて帰ったものの、その猫さんはいじめられたトラウマから、人に頭をなでられるのが大嫌いで、彼女がピアノを弾くと怒りだすなど、新しい飼い主と折り合いが悪く、そのうえ、講演旅行続きの生活で猫を伴うことが難しかったため、友人の庄司氏のもとに預けられた、いわゆる「問題児猫」だった。そんなこんなで、奇妙な同居生活が始まった。
本職作家の庄司薫氏のピアノは単なる趣味の枠を超えるくらいの腕前だと、ピアノ好きの先輩からきいたことがある。ところがこの猫さん、本来の飼い主がピアノを弾き始めると狂ったように怒りまくるというのに、庄司氏がピアノを弾くと気持ち良さそうにうたた寝さえする。その訳とは?また、猫の世話をするようになってから、執筆時間が少なくて困るようになったとこぼしているのを聞いていた本来の飼い主が見た、庄司氏の猫とのつきあい方はとは?庄司氏との生活の中で、この辛い過去を持つ元野良猫さんは、次第に人間との距離感を縮め、本来の飼い主との和解への道が開かれる。。。

学生時代、この作家の文章が好きで何冊か読んだ作家による、心温まる、そして、キュートで、恋愛ストーリに違いはないのだけれど、べたべたしたロマンスとはちがった、洗練された文章で、いま乱用されていのとは違う本当に心温まる意味での癒しの、そして、音楽(特にピアノ)好きと、猫好きにはたまらない一冊です。

ぼくが猫語を話せるわけ


ぼくが猫語を話せるわけ (1978年)

そう言えば、村上春樹も大の猫好きである。人気の出る小説家ってヤツは、猫好きなのかい?それから、庄司薫はバク、村上春樹は羊というようなアイコン的存在を小説やエッセイの中心に置いているのはどうしてなんだろうね?

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