イノセント・デイズ:竹内結子と芳根京子

俳優

竹内結子と芳根京子

大変に残念である。テレビでは、どこでも、「笑顔の女王」と讃えている。映画での主演女優賞を幾つも獲得している。本当に、今の今まで、日本映画界の頂点にいた女優だ。これからの活躍していく道は輝かしいものであることは間違いなかったはずだ。なのに、何故。

『イノセント・デイズ』というドラマで芳根京子は竹内結子と共演している。芳根京子の公式Twitterでのコメントが哀しい。

https://twitter.com/YoshineKyoko
出典:芳根京子公式Twitter


芳根京子@YoshineKyoko
·ご一緒させてもらった時、すごくすごく心強くて、心がふわっとなりました。あの時いただいた言葉を胸にお芝居してきました。ずっとずっと目標の方です。また絶対ご一緒したかったです。見てもらいたかったです。頑張ります。本当にありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。

出典:芳根京子公式Twitter

このドラマは、冤罪なのに積極的に死を受け入れていく竹内結子の物語。女刑務官で出演しているのが、彼女の生を望む芳根京子。奇しくも、二人の別れは、ドラマのように、現実になってしまった。

人の意思決定とは。分かれ道があった時の人の選択とは。とても考えさせてくれるドラマ。竹内結子の出演映画ファンとしても、冥福を祈る気持ちで、敢えて、このドラマのことを再度伝えておきたい。こんな時だから、人生における意思決定と選択の意味を考えたい。偉そうだけど。

今回の悲しい別れ。何故、彼女は、このようなバッドディシジョンをしてしまったのか。

芳根京子の言葉が心に残る。刑務官芳根京子は、ドラマのラストシーンで、主人公竹内結子に対して、「生きていてほしいと願う人がいるのに、それでも死にたいなんて傲慢だ!」と言う。

ご冥福をお祈り申し上げます。泣けてくる。

竹内結子
竹内結子

私が出ております。是非、ご鑑賞ください。

考えておくわ

原田知世
原田知世

必見よ。ドラマは

かなり、面白いわ。

意思決定の連鎖

前回の記事で、「バッド・ディシジョン」という映画を観て、意思決定のことをかなり考えた。そう、数ある日常の意思決定の如何で自分の将来が決まることがあり、それがタイムマシン系映画や小説や漫画の原点になっていることに触れた。そう、何気ない意思決定や判断が自分の人生を転がすのだ。だから、あの時、そういう判断をしなければ、今、きっと、生きているとか成功しているとかの目論見が出てくる。バッド・ディシジョンは悪しき意思決定をしたおかげで、悪い方向へずんずん流されていくという筋書きだった。それをなんとか主人公が自力でその悪しき判断の連鎖を断ち切るという正義感の話であるのだが、普通はそうはいかない。映画だから、助かる。

意思決定の違い

何故、自分が「バッド・ディシジョン」から『イノセント・デイズ』と言ったのか。

それは意思決定における主人公の対応が違うからだ。

『イノセント・デイズ』 のストーリー

まずは、『イノセント・デイズ』の簡単な紹介をしておこう。

『イノセント・デイズ』は、早見和真によるミステリー小説が最初である。

その後、WOWOWプライムの『連続ドラマW イノセント・デイズ』(全6話)で放送されたのである。

これはなんと、W主人公の佐々木慎一役の妻夫木聡もプロデュースしています。その位、彼はこれに入れ込んでいたのでしょう。

このドラマは視点が小説と違うのですが、死刑宣告を受けた被告人・田中幸乃(竹内結子)の二人がW主人公と言っても良いでしょう。妻夫木聡は20年以上前の小学生の頃の思い出が蘇る。それは竹内結子も同じだ。弁護士役の新井浩文(丹下翔役)も同じだ。(驚き、新井浩文の出演OK。いい演技していたけど、もったいないよね?)妻夫木も新井も竹内結子の冤罪を信じている。しかし、当の竹内結子は死刑を受け入れている。それも淡々と。

このような判断・意思決定をする背景


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筋書き的には、竹内結子は元恋人へのストーカー行為の末に、アパートに火をつけて、元恋人の妊娠中の妻と双子の子3人を焼き殺したことになっているが、彼女は実際に灯油など撒いていない。心の中で、放火の4時間前に、そのアパートの前で、元恋人家族の住む部屋を見て、そこは私の住むところだったのよと呟くだけだ。それどころか、過去の古本屋強盗傷害事件も女友達の為に自分が犯人だということにしたのだ。

その心象の原点には、彼女が言っていたことに全てがあるように思います。「もし自分を必要としてくれる人がいたとして、その人に捨てられてしまうことは、今、ここで死ぬことより怖いことだと思う」と。

そのスタンスが意思決定の前提となっているのだ。逆に言えば、自分を必要にしていた人から捨てられたのなら、死んだ方が良いと。例え、それが自分の犯した罪でないにしても、死ぬことができるのなら、その流れに乗っていくと。

違う方向へ行く意思決定もあるのだ

意思決定とは自分がおこなうもので、自分の世界の中で、次のステージを意識し行動することになる。しかし、この主人公のように、自分の世界ではない他人が作ったものの中に自分の意思決定を委ねてしまうという人間がいるのだ。まあ、それも意思決定なのだが。

たしか、ドラマの中で、竹内結子の壮絶な過去が明るみに出ても、彼女は言っていたような気がする。そういうことに出会い、そういう人に出会ったのも全て私なのだから、それには何も悔いていないと。どんな荒れた方向に行っても、それは自分が導いたこと。それに抗う必要はないと。ただ、ただ、自分を必要とする人から拒絶されたら生きる意味がないということになるのだ。

傲慢な意思決定

この小説やドラマでの意思決定は自分でないような気がするが、しかし、実は、傲慢なほど、周りを利用した頭の良い意思決定だったのかもしれない。残された人の心に残る傷や刻々と近づいてくる死刑の時を淡々と待つ竹内結子。

芳根京子演ずる刑務官の佐渡山瞳は、彼女のことが気になってしょうがない。刑務官芳根京子は、ラストシーンで、竹内結子に対して、「生きていてほしいと願う人がいるのに、それでも死にたいなんて傲慢だ!」と言う。

また、妻夫木が遅ればせながら。拘置所に手紙を送り、昔よく皆で訪れた桜の花びらを押し花にして、竹内結子に渡したとき、少しだけ、彼女に生への意欲が出たかもしれないと思えないこともなかった。だが、死を決めた以上、彼女は意識を失いそうになっても凛として立ち上がり、死刑台に向かう。

彼女に生きてもらいたいと思う人が周りにいるのに、彼女は死刑を受け入れた。彼女は死にたかったのだという結論しか出てこない。例え、自分が後世でも犯罪者で悪人と言われようと。彼女や周囲の人々が犯した本当の罪とは何だったのか?

流れにゆだねる生き方

彼女の思いを考えると、こういう判断もあるのだなと唖然とはする。そう、この判断の中には、何度も言ってきたが、あの時こうすればと良かったとか、こういうように時を遡り変えてみたいなどという甘い認識はない。そこにある自分が全てであり、それ以上のものでもそれ以下でもない。そのまま、流れに任せると。

うーん。考えさせるなぁ。この『イノセント・デイズ』は。負けました。だから、次は、もう少し、軽めで温かい「九月の恋と出会うまで」あたりに触れてみよう。

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