図書館での出会い
面白い小説と出会える時がある。小説の良さは、時代を超えることにある。図書館の中にどんよりと静かに誰かに見られることを待っている小説があったりする。今日、夕方、久しぶりに図書館に寄った。新宿からの仕事の帰りに自転車で。随分と風が冷たかった。秋を一気に通り過ぎた感じだ。これもまた良しとしようではないか。
図書館の5階の部屋は電気がまばらについているだけで薄暗かった。まるで震災にあった後の市庁舎のようだ。人もまばら。とういうか、ほとんどいない。静かだ。最初は村上春樹の騎士団長の小説をもう一度読もうと思って分厚い単行本2冊を持ったが今一つのらない。それで、閲覧書架を回っていたところ、見つけてしまったのだ。
それが、伊予原新なる作家の『お台場アイランドベイビー』だった。伊予原新?誰?自称小説好きの俺が知らない作家名だった。第30回横溝正史ミステリ大賞受賞作品とある。何と、結構な有名な作品ではないか。完全に、俺は重要人物を見失っていたのか。
早速、村上春樹を元の書架に戻し、この小説を借りて、家で読み始めた。なるほど、こういう小説なのか。面白い。こんな感じだ。
お台場アイランドベイビー
お台場アイランドベイビー (角川文庫)
日本を壊滅寸前にした大震災から4年後、刑事くずれのアウトロー巽丑寅は、不思議な魅力を持った少年・丈太と出会う。謎に包まれた彼の出自は、近年起こっている「震災ストリートチルドレン」たちの失踪と関連しているらしい。丑寅は元上司の鴻池みどりと協力し、子供たちの行方を追う。やがて、手がかりが震災で封鎖されたお台場にあることを知った丑寅は、丈太と潜入を試みるが―驚天動地の近未来「本格」アクション!!第30回横溝正史ミステリ大賞を受賞。
内容解説
なんと、この小説自体が2009年のこの賞に提出されているので、2011年東日本大震災前に書かれているものなのである。関東ではなかったが、大きな地震がこの賞受賞の1年後に発生しているという生々しい事実があるのだ。
今年の、横溝正史大賞の受賞作。推理小説というより、社会派的なサスペンス小説。
東京湾で発生した大地震により、東京の風景が一変しその中で繰広げられる、反社会的に成らざるを得なくなった外国人社会を舞台とした物語である。 明記されていないが、恐らく2030-2050年頃の未来を想定していると推測される。作家は物理学者であり、科学的話題や説明が登場人物の会話の中にたびたび出て来るのは、物語の情景をリアルにさせ、そのような未来の東京を想像させる迫力がある。
カスタマレビュー
伊予原新
未来予知能力のある作家である伊予原新。
感想
最後まで、権力に怒りを感じ弱い人達を助ける長身の主人公の元マル暴刑事の巽丑寅(タツミウシトラ)がやはり良いのではないか。この設定はとても大事。弱きを助けるアウトローっていうのは、どの時代でもヒーローだろう。
不思議な魅力を持った子供丈太。震災ストリートチルドレン。彼の母親が死ぬ間際に「息子に動物図鑑を買って渡してくれ」と3万円を渡した相手の医療福祉監督官の向山はその金をくすねる。巽の怒りはマックスになり涙を流しながら向山を殴り続ける。まるで、助けられなかった実の息子と丈太をダブらせるように呻き声のような嗚咽。男だ。
鴻池みどり。品川署生活安全課の係長。血の繋がらない娘を持ち、LGBTで、巽を信頼している。男社会の警察の中で生き抜いてきた女。
人っていうのは、その基本的スタンスを誰もが胸に持つ。矜持ってやつかもしれない。どんな人にもそれがある。ただ、自分で認識しているかいないかだけのことだ。例えば、正義感。優しさとか。冷徹とか。その人の人間性を形作る一番上位にあるものだ。それによって、その人間は動いている。この小説でも、上記のある意味三人の主人公達には、その矜持が話を際立たさせる。巽の弱者擁護。みどりの正義感。丈太の動物愛。人はその矜持のために、どんなに苦しくても、闘うものなのだ。
そして、巽と丈太。まるで、映画『レオン』のレオンとマチルダの関係とも言えるのか。少しづずつ、二人の間が父子のようになっていく。
守るべき人のある人の強さ。破壊された東京の中で。誰かの為に闘うこと。そのシンプルでとても大事なことがここに書かれている。今の世の中、どのようになっていくのか解らない。もし、このコロナ禍の中で、大地震が来たら。どうなってしまうのか。そういう時でも、立ち上がれること。その時に必要なこと。否、むしろ今でさえ、必要な心の持ち様がわかる話かもしれない。
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